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犠牲祭 の裏側 2004.
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--野良猫はモロッコでは幸せに暮らせます
MOROCCOの2004年2月1日は犠牲祭です。
きわめて大きい行事の一つがこの日。そしてもう一つはラマダン明けの日。
いずれも宗教行事なので、MOROCCOに住んでいながらもイスラム教徒ではない方々は平常通り。
ただ、この期間は皆、帰省するので帰省ラッシュとなり、公共機関も少しお休み。
そのバタバタした様子は日本のお正月、御盆という感じです。
モロッコでは、「おおきいおまつり」と呼ばれる犠牲祭。
犠牲祭の時は1週間も2週間も前から高価な羊を購入します。
モロッコの平均的な収入1ヶ月のお給料分全て、というゴージャスな価格。
普段、貯金など出来ないモロッコの人。それでもこの日までには借金をしてでも羊が必要となります。
当日、その羊を中庭などで捌きます。
肉は全ていただきます。脳みそなどはまず最初に食卓に出てきます。内臓はフロマージュなどを混ぜたりして
ソーセージにして後日いただきます。睾丸もいただきます。塩漬けにした肉は日もちがするので
しばらくは炭火焼きのケバブなどの日が続きます。
羊の革は売られるか、そのお宅のインテリアとして使用。無駄はありません。
モロッコの家ではもちろん羊を購入しますが、ついでに知人からヤギをいただく事もあるようです。
羊を購入するのは、欧米の方々が大きなクリスマス・ツリーを購入した時のようだなぁと
自慢気に持ち帰る様子を眺めていました。羊だからといって、歩いて連れて帰るわけにもいかないし、
車のトランクに乗せたり、バイクに乗りながら抱えたりしてお持ち帰り。
家の中庭につながれているその子達を見ながら、申し訳ない気持ちになるので、その期間は重い日々です。
ですが、どこでもみな、嬉しそうに自分の家の羊を紹介してくれます。
丁度、アパートメントを探していた時季と重なった時は、空き部屋を見に行くとその部屋に羊、また羊・・・。
「もうすぐ居なくなるからさ!!」とアパートの主たちは言いますが、
匂いが消えるまでに時間がかかるに違いない!
と考え、それらの物件は辞めておきました。
犠牲祭の当日は朝から忙しくなります。
道端の空いたスペースに大きい網が置かれ、近所の家の人は捌いた羊の頭と足の先を持って来て
大きい網の上に乗せて焼いてもらいます。 焼くのは青年たち。
「あれがウチの羊の頭だよー」とか言いながら、ここでも子供は皆、自慢・じまん・ジマン、、、。
角を落とされた頭と足の先は、ちょっと焦げた姿で、その後しばらく家にお供えされます。
この宗教行事。私は無宗教なので深いところは判りません。難しいのですよね。
ちまたでは動物の肉をいただく事に感謝の意が強くなる、という意見もあり、様々です。
ただ、事の始めはどうあれ最近では、この日までに羊を購入出来ないと恥ずかしいという印象になってしまって
多分、学校でもその話題が出るのでしょう、羊を購入出来ない家の子供はつらいかもしれません。
羊を購入出来なかった家庭に、他のお家が捌いた羊を分けてくれます。
たとえばマラケシュ。大きいホテルを経営しているお家などは、何頭も羊を捌いて、皆に分け与えてくれます。
でも、それを頂いただけでは、子供の気持ちは悲しいままではないのだろうか。
たとえば母親がいなくて遠足の時にお弁当を持ってこれなかった子供、
そういった心が痛くなるような昔の思い出が蘇って来ます。
そして本来の犠牲祭の目的(ありがたきを知る、分け与える)が後からついて来るような印象を受けてしまいます。
自治会みたいなものがまとめて購入して、日本の正月の餅つきのようにわいわいみんなでやれば
貧しい家の子供にも良き風習となるのではないかな . . . と、つよく思います。
捌く事に慣れてしまう感覚。そういう事もちょっとだけ心配かもしれません。
初心忘るべからず。生命を捌いていただくという事、皆で分け与えること、
最初に犠牲祭を体験した時の複雑な気持ちをずっと持ち続けて、
そして毎年、犠牲祭の日にそれらをあらためて痛感し続ける事が、何よりもいちばん大切かもしれないのです。
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