小学生の頃、私は弟と絵の教室に通
っていた。
どうして通い始めたのか憶えていない。自分から進んで行きたいと言ったのだと思う。
初めて教室を訪れた日の最初のスケッチブック。
「何を描いてもいいんですよ〜 ! 」という先生の言葉に、かなり戸惑いつつ
気が進まないままテーブルの上にある ひまわりの花を水彩で描き始めた。
その時の私は、初めて会う絵の先生の前で描くという緊張感と、
この絵で私の絵の上手さが判断されてしまう恐ろしさで、
頭がぐるぐるしてぜんぜん楽しくもなんとも無い憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
小さい花を描いたら、先生は私のこと(性格とか?)を心配するだろう、
元気のいい明るい子に見える絵を描かなきゃ。
子供のくせに、それだけで頭がいっぱいになった。
無理矢理スケッチブックからデ〜ン! とはみ出るほどの巨大ひまわりを描き、先生にほめられた。
「ウソの私なんだけど・・」と、 悲しい気持ちになった。
その後、地味〜な絵を描きそうになるたびに、「ひまわりの絵、良かったじゃない。
ああいうふうに描いたら?」と言われることがたびたびあった。
スケッチブックを開けると最初の1ページ目に現れるひまわりを見ては心が重くなった。
絵を描くことは好きだけど、描いている現場を見られる事は、私はとっても苦手だ
! 、ということに
途中で気付いた。
そして中学に入学して運動部に入る事になり、放課後は毎日部活動があるせいで
絵の教室に行かなくて良い口実が出来て、なんとなくホッとしたのだった。
結局その後も高校後の進路の為にもう一度、絵の学校. . . 美術大学の予備校に通うのだが
自分の作品を見られて意図を説明したり批評されたりする講評会はずうっと苦手なままだった。
そんな頼りない私が美大で美術教育法の授業を受けることになる。
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フランツ・チゼック ■■■
彼は1865年にボヘミア(チェコスロバキア)で生まれて、20歳の時にウィーンの美術学校に入学。
子供達と絵を描き遊ぶうちに、大人と子供の描き方の相違に注目し、
児童に対する独自の教育法を確立
チゼックの教育法は、現在の美術教育についての諸研究の基礎となりました。
私の子供時代を思い出す文献に少しドキリ、、子供ってやっぱり難しいのです。
■■■チゼックの美術教育法から、etc.
■■■
子供が絵を描いて、描いたものが何だか大人にわからない時に、説明をその子供に求めるべきか?
その場合は、質問などをすべきではない。ある子供達は、大人が喜びそうな答をするだろう。
その場合の子供達の答は確かにうそをついているのではなく、子供の礼儀心からである。
望ましいのは、子供がしゃべり大人はただ聞いているべきである。
良い作品ばかり陳列されるべきか?
展覧会では、あたりまえの作品も展示されるべきである。
しかし、貧弱なものを作った子供の心を、 傷つけないように配慮しなければならない。
6歳以下の子供に10色または12色の絵の具を与えるべきか?
それはいけない。 小さい子供はそんなに沢山の色を欲するものではない。
それでは、緑色の材料を与えたらよいか、あるいは混色して、緑色を作るようにさせるべきか?
10歳以下の子供達は、出来上がった色を与えられるべきである。
子供は絵の中で自分自身を表現するものかどうか?
意識してか無意識でか、ほとんどそうである。
1クラスの平均生徒数は?
25人を最良とする。ただし、年齢が高い場合にはもっと多くてもよいこともあり得る。
14歳になって創造的美術家として生き残る者がいるかどうか?
それはvery few(ごく少ない)である。
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「からだであそぼ」
「ドレミノテレビ」
その他いろいろ、
この頃のNHKの子供番組は大人も楽しめるのです
出演もKONISHIKI、UA、狂言師・野村萬斎、
講談師・神田山陽、 落語家・柳家花禄など本格的、
そして衣装はアーティスト、ひびのこづえ
かなりシュールな雰囲気に包まれています
http://www.nhk.or.jp/kids/
幼い子の描く絵は、とても深い意味がある。
そういえば私が初めて描いた絵は、赤いペンで描いた人間らしきもの。
ぐちゃぐちゃとしていますが、ダルマのような丸っこいアウトラインでした。
美術教育法には、他にも「3分間方法」というものがあります。
この方法はチィゼックは美術教育には使用しなかったそうですが、バーミンガム美術大学では昔、
13歳以上の少年に馬などを実物から写生させ、その後、子供達に目をつむらせて
同じものを描かせたりしました。
もちろん目をつむって描いた絵の方が、はるかに生き生きとしていたという事です。
ここでご紹介したNHKの子供向け番組たちは、どいう意図なのかは深く知らないのですが、
なんにせよクォリティーの高いものを子供の頃から自然に観られるという環境にあるという事が
すでに良い傾向だと思います。
「からだであそぼ」も、「にほんごであそぼ」も、とても不思議な内容で、
どうみても一般の地味すぎる家族(オジイちゃんを含む)がみんな一緒に、人間が普通は行なわない動作の
無気味な動きの体操をしたりして、観ているこっちも「うむむ・・? ?」となってしまいますが・・
もはや全てがアートの領域みたいな構成です。
でも全てが人間の本性に深く深くつながっているようにも思えます。
大人になった私もこういうものを観て頭の中身をリセットすると、ピカッ ! と冴えるのかもしれないですね。
■■
多くの教師たちが好む人間の絵 (5〜7歳)■■
■■教師たちが好まない人間の絵
(5〜7歳)■■
子供が1つの材料に執着するようになりすぎるという事は良いことか?
しばしば起こる事では無いが、ある子供がたくみになりすぎた場合には、
その子供が機械的に製作する危険がある。 (これと同じ事が大人の芸術家でもおこる)
幼い子供の絵では、体に比べて頭が何故大きいのか?
それは体より頭の方が重要だから(興味があるから)である。
創造するよりも、コピー(模写)をより好む子供に出会ったら?
その場合は子供の創造力が強くなるように務めるべきである。必ずしも成功するとは限らないが、
材料を変えることが時には助けになる。
カメラは子供に与えるべきかどうか?
あまり早い年齢ではいけない。
何歳になったら家の中が透けて見える(例えばベッドが見える)ような絵を描くのを
止めるべきであろうか?
幼い子供が透明に絵を描くのは、健全な精神である。古代のエジプト人もそのように描いた。
たいていの子供は、そうい描き方は8歳頃になるとやめる。
何も描くものがないという子供はどうしたらよいか?
非常におもしろい話をしてあげなさい。
海を描いた時に、海と空との間のスペースを残してはいけないと言うべきか?
言うことは非常に良く無い。子供の狭い空と海の間の空白、たとえば絵の1/2ぐらい
占めている空白は、いわゆる残された空白とはまったく違うものである。
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あなたが描いていた絵は、どちら . . ? ■■■